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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)397号 決定

抗告人 平井康次郎

右代理人弁護士 土屋博昭

被抗告人 笹尾隆三

右代理人弁護士 雨宮熊雄

主文

原決定を取消す。

本件を横浜地方裁判所小田原支部に差戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原決定を取消す。抗告人の別紙記載の増改築を許可する。」との裁判を求めるものであり、その理由は別紙陳述書第一項記載のとおりである。

二  よって検討するに、原決定は借地法第八条ノ二第二項の規定に基づく抗告人の本件増改築許可の申立を理由がないとして棄却したのであるが、その理由とするところを要約すると次のとおりである。すなわち、本件借地権は抗告人(借地人)と被抗告人(土地所有者)が昭和四〇年一月一日に両名間の土地賃貸借契約を合意更新して賃貸借の期間を二〇年と約定したものであり、その残存期間は約一一年であること、本件借地上の抗告人所有の建物(木造平家建店舗兼居宅、附属建物物置)は既に六八年も経過して殆んど朽廃に等しい状態にあること、抗告人が本件で許可を求めているのはその実質において増改築ではなく新築であること(なお、その規模、構造、面積は別紙陳述書第二項にある)、このような場合借地人が残存期間内に旧建物を取毀して新築することは自由であるとしても、本件申立の趣旨は、本件借地上の建物について増改築の許可を得たうえ建物の新築をし、その約定の期限を超えて借地権を存続させたいというのが本旨であって、被抗告人はこの点を強く反対しているところ、右のような趣旨とすれば、本件増改築許可の申立は、借地法第七条における残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対する土地所有者の異議を述べる権利を予め喪失せしめることを企図したものというべきであるから許されない、というのであり、抗告人は原裁判所の右法律上の判断を不当であると主張する。

三  まず考えるに、

(1)  借地法第八条ノ二第二項に定める「増改築」とは、いわゆる建増し等による増築のほか、従前の建物に代えて同一場所に建物を建築する改築(旧建物の材料を用いてする再築のほか、別の新しい材料を用いてする狭義の改築を含む。)をいうものと解すべく、同条の規定が、契約上増改築禁止の特約があって、当該の増改築につき当事者間の協議が調わないときに、土地の通常の利用上相当と認められる場合、これら増築、改築のすべてについて土地所有者の承諾に代わる許可の裁判をなし得るものと定めていると解すべきことに殆んど異論はなく、また、抗告人が許可を求める本件増改築が右の改築に該ることも記録に徴して明らかである。

ところで、右のような全面的改築につき増改築許可の裁判とともに同法第八条ノ二第二項の規定による他の借地条件の変更として借地期間延長の附随裁判があったときは、土地所有者の異議にかかわらず当然同法第七条の適用はなくなり、土地所有者は右異議による利益を受け得ない結果になるが、右期間延長の附随裁判がない場合には、同条は依然適用があるのであって、遅滞なく異議を留めればその借地権は残存期間に限られる(この場合でもなお更新拒絶につき一応正当事由を要する。)。

(2)、一般に借地権の残存期間が短期間のときは、法定更新の可能が予測される場合のほかは直ちに許可の裁判をするのは妥当でないということができるが、原決定のいう本件の残存期間一一年はここにいう短期間に該らないことは明らかである。

(3)  また、原決定は本件借地上の建物が使用に耐えず、朽廃に等しい旨認定しているが、被抗告人自身主たる建物(店舗)の余命は約一〇年と主張しているのであって、記録上右のように朽廃に等しい状態にあることを明認できる資料があるとはいえないばかりか、前示のように本件借地権の期間二〇年は合意による更新の際約定されたものであるから、その期間満了前に朽廃によって借地権が消滅することはなく(すなわち借地法第二条一項但書の準用はない。)、従って、朽廃が間近いとしても、その理由だけで直ちに増改築を妥当としないということもできない案件である。

四、いずれにしても、抗告人が旧建物を取毀して残存期間を超える建物の改築の許可を求めること自体何ら違法ではなく、そのことから直ちに抗告人の本件増改築許可の申立が土地所有者たる被抗告人の同法第七条の規定による異議権を喪失させるものとし、これを理由にして右申立を棄却することはできないものといわなければならない。

されば裁判所は、申立にかかる当該増改築が当該借地との関係において土地の利用上相当のものであるかどうか、そして、仮にそれが相当のものであるとしても、当該借地権の残存期間土地の状況、借地に関する従前の経過その他一切の事情から妥当なものとして許可し得るものであるかどうかを審理すべきであり、これを妥当として許可する場合にも、当事者間の利益の衡平を図るために必要があるときは、右の一切の事情を勘案して期間、賃料等他の借地条件を変更し、更に財産上の給付を命ずるなど相当の処分をなすべきである。

五、よって、原審は叙上の諸点にかんがみて更に事実の審理を尽すべきものと認め、原決定を取消して本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 小木曾競 深田源次)

〈以下省略〉

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